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ニコニコ動画の最高音質に挑戦

というわけで、表題の通り、ニコニコ動画でどこまで音質を追求できるかやってみました。ギター録りで挑戦です。

 

使用楽器・機材・ソフトは

 

Guitar:Fender Stratocaster American Standard

Audio I/F:TASCAM US-366

DAWSteinberg Cubase Pro 8

Encoder:TMPGEnc Video Mastering Works 6

 

です。

エフェクタ・アンプシミュレータは使わずギターを直にUS-366につなぎました。

CubaseにはCD音源を24-bit/44.1kHzでインポートし、ギターも合わせて24-bit/44.1kHzで録音しました。

 

Inputのレベルも、クリーントーンでコンプレッサーなど使わないのでダイナミックレンジが広く、音がクリップしないよう気をつけました。

チューニングも慎重にきっちり合わせました。

 

録音したギターはまずCubaseプラグインのコンプレッサーで音の粒を揃え、Chorusを軽くかけてからリバーブ処理をしました。

それからMIXを行い、プラグインのマキシマイザーで音圧を少し上げてマスター音声ファイル(wav)の完成です。

 

最後にエンコード

音声は44100Hz, AAC-LC 320kbpsでエンコード。おそらくこれ以上あげるとアップロード時に再エンコードされて音質が下がるのでこれが事実上最高設定です。

 

ということで、仕上がったものがこちらです。どうでしょうか。

 

 

www.nicovideo.jp

 

音質的にはかなりいい線いってるのではないかと思います。

もしこれ以上音質を上げる方法があれば教えてください。

エスシタロプラム(レクサプロ)の忍容性

今回は実体験をもとにした主観を交えた薬の話題になります。ということで興味がない方には興味のない話になると思います。

 

薬に関する忍容性(英語ではTolerabilityというそうです)とはまあだいたいは字のごとくどれくらい副作用に耐えられるかというようなものと理解してますので、ここではそういう風に緩く定義しておきます。以下その意味で使います。

 

レクサプロ(一般名 エスシタロプラム)という抗うつ薬(Antidepressant)はSSRIという分類に属する薬です。薬理の細かいことはネットにもいくらでもありますので検索していただくことにして、その忍容性について体験を踏まえて述べていきたいと思います。

 

レクサプロはLancetという医学雑誌で抗うつ薬のなかで最も忍容性が高いと評価された薬です。私はかれこれこの薬を10mg、毎日2か月強服用していますが、現時点での個人的忍容性ともいえるかと思いますが、そういったものを綴ります。

 

まず副作用として眠気があります。この眠気は持続的かつなかなか強いもので、ドリップコーヒーの一杯や二杯ではどうにもならない眠気です。一般にそんなに眠くはならないはずと言われているようですが、相当眠いです。SSRIはすべて試しましたがそのなかで一番眠いです。眠気に関して一番つらい薬です。

 

つぎに、感情の平板化を感じます。ぼーっとして気分的に楽にはなるのですが、喜びもなければ悲しみもないような、楽しみの感情が失われるような感じがします。これはSSRIに総じて実感することなのですが、レクサプロも例外ではないです。

 

あと、目がかすむなど抗コリン性と思われる副作用がほかのSSRIに比べて強い気がします。眠気もそのせいなのかもしれません。SSRIは抗コリン性の副作用は一般に少なく、特にレクサプロは選択性の高さから抗コリン作用は出にくいとされているようですが、結論から言うと出ます。結構出ます。個人的忍容性ではSSRIのなかで最も低いという実感です。

 

レクサプロはひとによってはかなり副作用の強く出る薬だと思います。私はこれ以上続けるのはつらいかな、と思っています。個人差が大きいのでしょう。主治医に副作用について話すと、首をかしげてそんなはずはないと言いますが、そんなこともあるんです。

 

この薬が抗うつ薬の中で最も忍容性が高いとは個人的にはとうてい思えないです。そういうケースもあるんだということもやはり関係者には知っておいてもらいたいと思います。

 

以上否定的なことばかり書きましたが、合うひとには合うみたいなので、結局個人差があるということですね。当たり前のようなことなんですが見落とされる場合があるなあと思ったので記事にしました。

夏越大祓、水無月

毎年6月30日に行われる神事が「夏越大祓(なごしのおおはらえ)」です。本来は神社へ参って茅の輪をくぐり、大祓詞(おおはらえのことば)が奏上される儀式のようですが、実は6月30日に茅の輪をくぐったことがありません。行ったことはないのです。

 

しかし、毎年参加しています。どういうことなのかというと、人形(ひとがた)と呼ばれる人の形をした紙で全身を撫で、息を3度吹きかけて神社に送ります。要は代理出席みたいなものなのかな。人形は大海原へ流され罪・穢れを祓うのだそうです。

 

私はお宮参りを住吉大社でしたらしいので、いままでは住吉大社の式でやっていたのですが、引っ越しの折に親が人形の送付はもう結構と言ってしまったらしく、今年は送られてきていません。ですが今年は神田明神神田神社)で同じことをします。

 

だいたい神社の崇敬会なりなんなりに入れば神事の案内が来るので、夏越大祓をしている神社であればこの時期には人形が送られてきます。京都の八坂神社にはほぼ年中人形が置いてあっていつでも初穂料100円で同様のことができましたがいまは知りません。

 

京都と言えば、この時期よく食べられる和菓子で水無月というものがあります。これを食すことに祓いのような意味があり京都の風習になっています。私は京都には住んでいないししばらく用事もないので、お取り寄せすることにしました。安いし。そして今日6月16日は和菓子の日だし。家族分を注文しました。

 

これらに秘められた深い意味などはよく知らないし、そこまでは調べて理解するのも大変なのでしませんが、参加することは風習を受け継ぐ意味くらいは付加としてあるのかなあとは思います。

 

大祓詞ですが、いまは昔のものから一部現代にそぐわない部分は削除されたものが一般に奏上されるようです。神拜詞と書かれた祝詞集みたいなものがなぜか手元にあるので、大祓詞を以下に写しておこうと思ったのですが、なにせ非常に長いのでリンクを張っておしまいにしたいと思います。

大祓詞

質点と空間

古典力学での質点、空間についてお話ししたいと思います。物理を学んだ人なら当たり前のような存在ですが、実はなかなか単純なものでありません。数式は使わず一般の方でも読めるように書きたいと思います。

 

力学における質点とは何か。これは大きさを持たない点であって、なにか物体を小さく小さくしてしまいには点になったようなものです。点であるのに質量を持っている。質量とは物体に力を加えたときにいかに動かして加速しにくいかというものだと思ってもらえれば結構です。

 

これが「空間」を運動するわけです。空間とは無数の点の集まりが広がったものだと思うのが後々の議論のうえで有益です。点はいくら集まっても1次元が2次元、3次元に広がることはないという数学の話がありますが、この場合、広がりを無数に分割した極限を取ると点の集まりとみなせる、そういうものだと考えればイメージしやすいかと思います。

 

なぜ空間を無数の点の集まりと考えるかというと、質点の動きを時々刻々と追うためです。質点は空間のある点にあります。それが次の点、次の点へと動いていく。ここで決定的に重要なのが、質点は常に自己同定しながら動いていくということです。ある点から次の点へ移っても、質点はその自己同一性を持っている。質点が自己同一性を保ち続けるということが重要です。

 

さて、質点が空間を運動するといったとき、質点が空間(無数の点の集まり)のどこにあるかということが当然問題になってきます。ここで導入するのが座標系です。3つの直交した直線に目盛りを―どこまでも細かい目盛りを―振ったものです。これにより

(x, y, z)

という3つの数字の組で空間の点、質点がどこにあるのか正確に決められます。これが時刻とともに変化することが運動だといっても良いでしょう。

 

時間というのがなんなのか、これについては既知とします。時計で測れるように変化するものです。これのある一点が時刻です。力学でいう空間にはこのようなものが備わっているものとします。

 

この質点に力が加わると加速度が生じて運動が様々に変化します。力とはなんなのか。これはもう難しい問です。質点の運動を変化させるものとしか言いようがない気がします。

 

質点、空間とはこのようなものです。これが力学において主要な概念です。質点に対して剛体というものもありますがこれについてはとりあえず言及しません。

 

質点というのはニュートン以降のひとがその体系の贅肉をそぎ落として洗練させた概念です。いわば観念的なものでもあるのですが、運動を扱うときに物体を点とみなして良い、そのほうが都合が良いということがよくあるわけです。現在の力学の教科書ではいとも当たり前に質点が導入されますが、力学を創っていくという段階では直ちになかったものです。理論を新しく創るというときにはそういうことがあるというのは理論を創る立場に立つときに重要なことだと思います。

 

ひとまず古典力学における質点と空間という話はこれくらいにしたいと思います。

 

参考文献

湯川秀樹:物理講義,講談社

気分がすぐれないときの過ごし方

いままさに気分が沈んでいます。俗に鬱とか言われたりしてますが、そんな気分のときの過ごし方をうつ状態経験のある私が紹介します。なにもしないっていうのが究極の過ごし方ですけどね。

 

・無理はしない

当たり前のようですが一番に来ると思います。例え前もって予定を立てていたとしても、やらない。それくらいで良いです。やれないものはやれません。

 

・好きな音楽を聴く

受け身な趣味が良いと思います。能動的なことは疲れます。無理にヒーリング音楽とか聴かなくていいです(お好きなら聴くと良いです)。一番気分にあった好きな音楽を聴きましょう。

 

・好きな文章を書き写してみる

なにもしないというのは案外苦痛です。手を動かすのは気を紛らわすのに良い方法だと思います。日本語であろうが外国語であろうが数式であろうが、好きなものを紙に写してみるというのは時間つぶしにはありだと思います。

 

・気が向いたら外に出る

無理して外に出る必要はありません。しかし気が向いたら少し外の空気を吸って陽に当たるのも気分転換になります。

 

DHAを摂る

うつに有効かもしれないと言われています。サプリメントとして手軽に手に入ります。ただ、そんなすぐに効くものでもないと思うので、プラセボ効果があるかもというあたりです。

 

・寝る

一番効果的かもしれません。ただ、昼間寝てしまうと睡眠のリズムが狂いかねないですし、睡眠はとても気分にとって大切なのでそのあたり注意しましょう。寝ようと思っても眠れないときもあるのでそういう時は無理に寝ようとするのは逆効果です。

 

・なんとなく回想に耽る

昔のことをぼーっと思いだすのも案外気が紛れるものです。気分が沈んでいるときは悪い思い出ばかり思い出してしまうかもしれないので、そうなったらほかのことをして打ち切りましょう。

 

・欲しいものをポチる

ストレス解消の代表的手段ですね。お金の使い過ぎには注意しましょう。

 

・一日を捨てる

今日をポイってすることもたまにはあって良いと思います。それくらいの気持ちでいましょう。

 

とりあえず思いついたのはこれくらいです。誰しも気分が沈むときはあるものです。過ごし方を工夫するだけでつらさはだいぶ変わってくると思います。

ドリップコーヒーを淹れてみよう

ドリップコーヒー、興味はあるけどインスタントより面倒そうだし淹れたかもよくわからないし…という方も多いのではと勝手に思って簡単に自分流の淹れ方を書いてみようかと思います。

 

まず用意する器具類。

ドリッパー、コーヒーサーバー、ペーパーフィルター、コーヒー用計量スプーン

あれ、案外少ないですね。まああとやかんとかコンロとかコーヒーカップとか。

ドリッパーとサーバーというのはよく見るあれのことです。わからなければ検索すればすぐ画像が出てきます。

 

コーヒー豆は完全に好みですしわからないなら最初はとりあえず安いものであるとか、おすすめ商品みたいなのでもいいと思います。お店に行けばアドバイスもらえますし、ネット通販でもおすすめとか特徴とかいろいろ書いてあります。豆はペーパードリップ用に挽いてもらってください。それくらいです。

 

コーヒーはそんなに鮮度が持ちません。少し長めに保存するなら冷凍庫に入れておくのも良いです。ただ、冷凍庫に入れていたものを常温で放置すると酸化が進むというのも聞いたことがあるので、冷凍庫なら冷凍庫にしましょう。冷蔵庫でもいいと思います。かくいう私は缶に密閉して常温保存なのですが。

 

本題の淹れ方です。

お湯を沸かします。コーヒーの場合、100℃の熱湯より少しぬるいくらいが良いとか聞きます。私の場合は沸騰させて火を消して数秒待つ程度です。ほぼ100℃ですね…

ペーパーフィルターのセットのしかたですが、実はちょっと折り方みたいなのがあります。全然難しくないのですが言葉では説明しにくい。これもいろんなところに載っています。ちょっと折ったら、ドリッパーにセットして、水で湿らせてドリッパーに密着させます。ドリッパーとフィルターの間に隙間が空くとあまりよくないので必須の手順です。

 

豆は計量スプーンで、一人前ならすりきり一杯よりも気持ち多めくらいが適量かと思います。それをドリッパー(フィルター)に入れて、少し表面を平らに均します。

ちなみに計量スプーン、プラスチック製のものもあれば銅でできたものもあります。どちらでも変わらないと思うのですが、何となくリッチな気分を味わいたければ銅製スプーンが見た目ゴージャスです。値段は数百円です。

 

いよいよお湯を注ぎます。まず少量のお湯で全体を湿らせて何十秒か蒸らします。この時間は決まってはいないので最適な時間を見つけるのも楽しみの一つだと思います。私はだいたい30~40秒くらいです。それから、お湯が豆に垂直に落ちるように注いでいきます。ゆっくり、「の」の字を描くように注いでいきます。お湯を注ぐ速さでも若干濃さなど違ってきます。

 

ちょっとしたポイントなのですが、注いだお湯がまだ少し残る程度の段階でドリッパーを外します。完全に出し切らないということです。なぜかお作法のようですがベストな一杯を淹れるためのコツのようなものです。

 

サーバーのコーヒーをカップに注いで出来上がりです。いきなり飲むのではなく、最初は香りを楽しんでから飲むと少し幸せになれます。冷めないうちにどうぞ。

双極性障害というもの

いまだ病と呼ぶべきなのか障害と呼ぶべきなのかわかりません。どこまでも自分の経験に沿った話をしようと思います。

 

初診は20歳の頃だと記憶しています。もともと高校生の頃からうつっぽい傾向はあったのですが、大学に入ってから途方もない憂鬱感、不眠、電車通学だったのですが毎日駅のプラットホームに立つと、線路に飛び込んだらどうなるのかな…などと思うようになりさすがにおかしいしとてもつらいので精神科を受診することにしたのです。

 

初診では抗うつ薬トレドミン)が少しと睡眠導入剤マイスリー)が出ました。うつの処方としては当時としてはよくある処方です。それでよくなったかというと、不眠は確かにすっきりしました。しかしやたらといらいらするようになり、思考は次から次へと溢れ複数の考えが同時に浮かんできて制御不能になり苦しく、次回の診察で相談したらすぐにやめましょうということになりました。

 

その後再びうつ状態になり、意欲がでない、憂鬱だという状況になったのですね。そんな状態が数年続いたのです。この苦しみは説明しても説明しきれない、そのくらいのものです。

 

一向に快復しないので、リーマス(炭酸リチウム)という薬がでました。どういう薬なのかネットで検索しました。そうしたら双極性障害躁うつ病)に使われる薬のようです。主治医は抗うつ薬の効果を高めるためだと言っていました。

 

しかし釈然としない。主治医は病名を一切言わないのです。うつ病とすら言いません。そこで、聞いてみたのです。「双極性障害じゃないですか」と。

 

しばらくの沈黙の後、その疑いが最も強い、と聞かされました。

「治らないんですよね?」

やはり沈黙。治るかどうかは捉え方次第みたいなことを言われた気がします。頭の中が真っ白でよく覚えていません。

双極性障害は「完治」することのない病気です。一生。ただ、寛解(remission)といって一時的に症状が消失することはあります。双極性障害の治療は寛解が目標です。

 

それから双極性障害の治療が始まったのです。基本的には気分安定薬とよばれる薬を使って治療します。リーマスもそのうちのひとつです。リーマスはよく効くひとと効きにくいひとがいるようで、私は後者のようでした。うつになり寝込んだかと思えば、気が大きくなって散財したり…そんなことを繰り返していました。

 

私は躁はあまりひどくありません。少し気分がいつもより持ち上がる程度で、大きな問題を起こしたことはありません。双極性障害には双極Ⅰ型障害と双極Ⅱ型障害があり、それぞれ躁がひどい、軽め、という特徴があります。私は後者だと思うのですが、これもいま現在まだどちらか聞かされていません。うつ症状についてはうつ病(大うつ病)よりも重いといわれているようです。

 

大学では学業におおいに支障が出ました。講義に出られないのです。無理して出てもつらくなって途中退室したり…試験対策は自分で参考書を買って無理やりしていた記憶があります。もちろん全く講義に出なかったわけではないですが。理系でしたので実験は嫌でも出席しないといけないし。頭の回転も極端に悪くなり、何事に対してもやる気が出ない、意欲が出ない、集中できないという状態になります。

 

そんな状態が続くので時間をとばしまして最近、現在。

双極性障害に使える薬の選択肢がずいぶん増えました。ほとんどリーマスしかなかったころに比べるといまはその点治療は進歩したと思います。しかし、決定的に効く薬というものはまだありません。特効薬はないのです。ひとによって同じ薬でも効いたり効かなかったりする、そんな病気です。一般に心理療法みたいなものはあまり効果がないと言われています。脳の病気だからです。しかしストレスが関係しているのも明らかで、そういったものはなるべく避けるのが原則です。

 

現在10種類を超える薬で治療しています。多いようですが最低限なのです。最近、精神疾患を単剤で治療しようという動きがあるようですが、無茶もいいところです。どこの臨床の素人が言い出したことなのでしょうね。

 

この病気、必ずしも悪い点のみではないようです。一説では芸術性の高さと関連しているであるとか、人当たりの良い性格と関連しているであるとか、そういうことも言われているようです。古くからある病気です。悪いことしかない病気なら淘汰されていておかしくないはずです。それが現代においても存在するというのはなにか有利に働く面があるからではないかと言われています。

Wikipediaによると、多くの芸術家・作家が双極性障害だったと言われています。まあこの手の話はこの程度にしておきましょう。

 

生活に大変な支障の出る病気であることは間違いありません。少なくとも私の場合はそうです。現在も手探りでの治療が続いています。いったんうつ状態に落ちればなかなか這い上がれない病気です。躁は軽めだし抑え込む薬もあるので本人はうつほど大した問題だとは思っていません。

 

躁はうつの逆というのがざっくりした説明ですが、主観的には単純にそうも言いきれないところが難しいところです。

 

さてこれから先も、完治することのない爆弾を抱えて生きていかなければならないわけですが、昔ほど悲観はしていません。なってしまったものはしかたがないし、なにをどうしても治らないのだからこれも自分の一部として受け入れるしかないのです。尊敬する偉大な物理学者のボルツマンも双極性障害だったようだし…いろいろあり自殺してしまいましたが。

 

双極性障害自体に関する一般的な説明が薄くなってしまいましたが、これに関してはネットにもたくさん情報がありますので、できれば調べていただいて一人でも多くの方に理解してもらいたいのが本音です。

 

治らない以上、一番の救いは周囲の理解です。医師はもちろん、家族は理解があります。ありがたいことです。友人も半ば理解はしてくれているようで、これもありがたいです。ただ、なかなか他人は実感として理解しがたいようですね。それは感じます。

 

最低限のことを書こうと思いましたが長くなりました。別の視点からも書きたいことはあるのですが、今回の記事はこのあたりで締めくくりたいと思います。